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実はプロダクションノートです

小ネタ満載ネタバレ上等
監督の戸辺千尋と友人の塩野くんの
「Too far away」架空対談

監督の戸辺千尋とその友人の塩野くんが、8mm自主映画『Too far away』について語り合ったとしたら、という設定で、当時の記録と関係者の証言をもとに、制作にまつわるエピソードを小ネタをちりばめて紹介する形式でまとめた『プロダクションノート』です。
オチとかネタバレとか制作の裏話が満載なので、まだ本編を観ていない人で、まずは余計な情報なしに観たい、という人は、鑑賞後にお読みいただければと思います。
ただし、はっきり言っておきますが、対談自体は大した内容ではありません(笑)。

そもそも編

映画の第一印象

塩「観たよ」

戸「どうだった?」

塩「うん。意外と映画だった」

戸「映画撮ったからね。なんだと思ってたんだよ」

塩「いや、この時代の学生の自主映画って、もっとわけわかんないのが多いじゃん(※個人の感想です)。でも、これって普通に起承転結があって、普通にドラマがあって、観終わったあと『一本の映画を観たんだ』って普通に思えるんだよね」

戸「一応、誉め言葉として受け取っておこう」

塩「雑なセリフとか、細やかな矛盾とか、説明不足で分かりにくいところとか結構あるけど、映画を作りたいと言う思いはちゃんと映像に込められてるのが分かる」

戸「ちょっと恥ずかしくなってきた」

塩「初めての脚本で初めての監督だったよね?」

戸「脚本に関しては、正確にはこれの前に20分の短編を1度書いた事があるから2度目。長編の脚本としては初めて」

塩「監督は正確に初めて?」

戸「うん。クランクインの1ヶ月弱前に急に監督やることになっちゃって。最初、何していいか全然わからなかったから、映画作りの本を買って独学で勉強しました」

塩「俺も監督の役割ってよくわからんけど、最終的に作品としてまとめたから、職務はまっとうしたんじゃない?」

戸「だといいんだけど」

塩「でもね。正直、前半は学生の学園祭レベルだなーと思ったよ。特に『ハッピーバースデートゥミー』がピーク(笑)」

戸「だよね(赤面)」

塩「でも、劇中映画の記者会見?あたりから、何となく見れるようになってきて、最後は不思議と見終えた感があるんだよね」

戸「そう言ってもらえるとホントに嬉しいよ。それはきっとこの映画に関わった全員の力の結晶だと思う」

塩「これから観る人は、初めの20分を我慢して下さい。あとは普通に観られます」

戸「おまえ、やっぱりバカにしてるだろ」

映画の原点とは

塩「根本的なこと聞いていい?」

戸「うん」

塩「この映画の発想はどこから来てるの?」

戸「包み隠さず言うと、さだまさしさんの『驛舎』なんだよね。だから脚本も第4稿まで『驛舎(仮題)』」だった(笑)」

塩「まさかの曲がモチーフ。しかも水越けいこさんの『Too far away』じゃなく、さださんの『驛舎』(笑)」

戸「さださんの曲って、もう一つの映像じゃない? 『驛舎』も、都会で傷ついた女の子が故郷の駅に降り立つと、懐かしい人が迎えに来てる。たったそれだけの内容なのに、脳裏に映像がありありと浮かんでくる」

塩「確かにさださんの歌詞はすごい」

戸「実はこの歌、情報としては、『泣きはらした目をした女の子が2つの手荷物だけで故郷の駅に降り立つ。彼女を迎えた僕は彼女の手荷物を取ってあげる。季節は春』。これだけだよ? 駅に降り立ったのが朝なのか夜なのか、都会で何があったのか、女の子の年齢も職業も何の情報もない。女の子と僕の関係も不明。あとは自由に聞き手にイメージを任せちゃうんだよ? すごくない?」

塩「だからすごいと言ってる」

戸「任されちゃったら、もう自分なりにイメージを膨らませて、映像として固定したくなるじゃん」

塩「つまりこれって、『驛舎』のイメージ映画だったわけか」

戸「言い方が悪いなぁ。確かに『驛舎』にインスパイアされたけど『Too far away』に出会ってテーマが確定したわけで、単純に『驛舎』の世界観を描いたわけじゃない。さっきも言ったように『驛舎』の情報は極わずかで、そこに至るまでの情報は一切ない。しかも『Too far away』の方は、君への思いを綴る言葉は並ぶけど具体的なエピソードは何一つない」

塩「確かに、どちらの曲もそのままではドラマを構成する要素は全くないな」

戸「だからどちらの曲も、発想のきっかけにはなっても、その曲自体を描いたわけじゃないんだ」

塩「とは言え発想が曲だった分、フィクション要素が多くなって、映画のテーマやリアリティが薄れた感はあるね」

戸「うん。それは間違いない。ラストシーンに向けてどうストーリーを運ぶかにばかり注力して、何が言いたいのか、何を伝えたいのかが疎かになってたのは認める」

塩「キャラクター造形もストーリーを運ぶために作られてると言っても過言ではない」

戸「身の丈に合ったテーマを背伸びせずに描くのが理想だけど、この映画はラストシーンが撮りたい!から始まっちゃったからね」

塩「おかげで結果的に、ほぼ、楽曲『Too far away』のプロモーション映画だよね」

戸「それは言わないで (/ω\)」

役者さんたち

塩「カット割りが細かくない?」

戸「自信がなかったんだよね、初めての監督なんで。カット割りとかよくわかってないし。だから、同じシーンを色んな方向から撮影して編集でどうにかしようと思ってた。そのお陰で3倍くらいフィルム回したんだよね」

塩「誰かが言ってたけど、監督初心者がよくやっちゃうミスらしいよ、無駄に回すの(笑)」

戸「いや、無駄じゃないし。回想シーンで同ポジの画も欲しかったし。狙いだったし」

塩「ムキにならないように(笑)」

戸「ただ、役者さんには何回も演じさせて申し訳なかった、と思う」

塩「NGとか見せてもらったけど、どのテイクもほぼ同じクオリティの演技してるよね」

戸「うん。だから編集でほぼ違和感なく繋がってる。そういう意味では、役者さんはみんな本当にうまかった」

塩「演技力について言うと、どうしても素人さんのそれだけどね」

戸「演技指導なんてできるはずもないから、ほぼ役者さんにお任せでした」

塩「役者さんが演技プランを考えて来てたんだ」

戸「と言うか、セリフとか言い回しとか動きとか、現場で相当ディスカッションして一緒に作った記憶がある」

塩「いいねぇ。手作り感満載だね」

戸「初めての監督が初めて演技する人たちと作ってるんだからそうなるでしょ」

塩「確か全員ド素人さんだったよね?」

戸「うん。ド素人さん(笑)。まあ、でも、槇峰亮役の松原くんは、自主映画に何回か出演してたし、三次裕時役の杉くんと、緑川怜子役の富田さんは、役者目指して演技の勉強をしてた人」

塩「脇に多少なりとも演技経験のある人を配置したんだ」

戸「主役の伊田麻利子役の酒井さんが未知数だったからね」

塩「いや、そつなくこなしてると思うよ。泣く演技はちょっとアレだけど(笑)」

戸「初めてとは思えないよね。それに嫌だとか出来ないとか絶対言わないんだよ、酒井さん。彼女には本当に救われた。そのほかの人もみんな演技初体験の人とは思えない」

塩「いやいやどうして。よく見る文化祭向け学生自主映画のレベルは十分超えてると思うよ(※あくまで個人の感想です)

戸「みんな文句ひとつ言わず、最後まで責任をもって取り組んでくれたことに、本当に心から感謝してます」

麻利子のキャラクター造形

塩「麻利子さんのキャラクターって、あの頃流行ってたよね。奔放に見えて自分らしく生きようと強がっている女の子」

戸「これは、柴門ふみ先生の影響です(笑)」

塩「『P.S. 元気です、俊平』の桃子さんだね(笑)」

戸「あの頃は、弱い自分を守るために強気を演じる女の子が好きだったな」

塩「映画では竹中吾平が言い当ててるよね、居酒屋で」

戸「あそこのセリフ、説明的でいやなんだけどね。でも、『麻利子さんは強く見せようと必死なんだけど本当は弱い女の子』ってことが観客に伝わってないと、ラストシーンの意味が弱まっちゃう気がして」

塩「観客を信じようよ」

戸「ちなみに名前は、中島みゆきさんの1981年のヒット曲『悪女』の歌詞から」

塩「『♪マリコの部屋へ~』のマリコさんね(笑)。とことん歌に影響されやすいやつだなぁ」

戸「第4稿までの麻利子さんの性格設定はもっとドライだったんだよね。頑張って自分を強く見せようとしてるというよりは、世の中を舐めてる感じ。そのせいでしっぺ返しを食らって傷つく、みたいな流れだった」

塩「あのキャラクターに落ち着いたのは?」

戸「それはもう、脚本協力のおおの藻梨以先生のお陰ですよ」

塩「藻梨以先生も、しっかりした女の子が主人公のマンガが多いよね」

戸「うん。実はきっちり影響されてます(笑)」

塩「ところで麻利子さん役の酒井真美さんはどんな経緯で参加したの?」

戸「いや、それが不思議なくらい記録も記憶も残っていないんだ」

塩「それ、ちょっとひどくないか?(笑)」

戸「確か、麻利子さん役はクランクイン前後まで決まらなかったようなおぼろげな記憶があって、誰かの紹介で酒井さんが来たような来なかったような…」

塩「ホントに覚えてないんだ…」

戸「そもそも本当に酒井さんは実在したんだろうか……」

塩「写ってるから。フィルムにちゃんと焼き付いてるから」

テクニック編

ズームは否定しません

戸「気づいてる? ズーム2か所しか使ってないよ」

塩「スクランブル交差点での別れのシーンとラストシーン、だろ?」

戸「正解(笑)」

塩「戸辺って、ズームきらいだよね」

戸「うん。きらい。せっかくの10倍ズームのレンズなのに(笑)」

塩「そのくせ広角レンズ大好き(笑)」

戸「ピント合わせいらないから(笑)」

塩「麻利子さんの秘密が亮にばれるシーンのアップの仕方。普通なら、ズームレンズでグイっと寄っちゃうのに、細かくカット割ってアップにしてく」

戸「めんどくさいのがいいんだよ。ああやると緊張感でない?」

塩「お。とは思う」

戸「なんかズームで寄るのって、ここ見ろよ、って指図してる感じがして嫌なんだよな」

塩「そのくせ、いざズーム使うとなるとトコトン使い尽くすよね」

戸「そうなのです。どちらも10倍全部使ってます」

塩「そしてどちらも引きのズーム」

戸「ちなみにスクランブルのズームは、麻利子さんの孤独感・喪失感・絶望感を出したくて使った」

塩「意図はわかる。ラストシーンは?」

戸「余韻、かな?」

塩「うん?」

戸「2人が車で走り去って、麻利子さんの故郷のシンボル、大垣駅の驛舎が残る。なんて余韻だ。なんて良いんだ(笑)」

塩「えーと、今の洒落の意図はわからないけど、あのシーンは好きだ」

やめて、スローモーション

塩「あと、8mmで自主映画を撮る人がやりたがるのがスローモーション撮影」

戸「よほど演出意図が無いと、ただやってみたかっただけになっちゃうヤツね(笑)」

塩「1度だけ、大垣駅のシーンの麻利子さんのアップで使ったよね」

戸「明確な演出意図、あったでしょ?」

塩「うん。極めてわかりやすかったケドね」

戸「それが狙いだもん。特にZC1000は72コマ/秒撮影ができる唯一のカメラだったから、その性能を余すことなく使いたいと思うのは心情というもの」

塩「それと反対に、朝の通勤通学シーンで、早送りみたいな感じのとこ、あったよね。あれは朝の慌ただしさを表現する狙い、とか?」

戸「あれはミス」

塩「ミス?」

戸「カメラいじってたらはずみで12コマに変わっちゃってたらしく、そのことに気づかず撮っちゃっただけ」

塩「まじか。余計な深読みして損した」

戸「でもよく気付いたね。そこ指摘されたの初めてだよ」

塩「普通気付いてるだろうけど、たかがインサートカットだからみんなスルーしてたんだと思うよ」

戸「だよね」

塩「そうそう。スローモーションと言えば、劇中で三次が監督する映画も『スローモーション』だったね」

戸「そうだね(ニヤリ)」

塩「ん? まさかとは思うけど、このネーミングは…」

戸「正解! 中森明菜さんの『スローモーション』からで~す!」

塩「ここまで来ると呆れると言うより感心するよ」

自主映画でドリーは無理

塩「移動撮影の揺れはひどいよね(笑)」

戸「タイヤドリーなんて借りられないし、レールなんて敷けないし、スタビライザーもないし。で、どうしたかと言うと」

塩「言うと?」

戸「三脚用のドリーを購入しました」

塩「三脚用のドリー…? なにそれ」

戸「簡単に言うと自由に動くゴムタイヤのついた専用の台に三脚をのせるんだ。ほら、荷物運ぶ台車に付いてるクルクル回るタイヤ」

塩「ああ、あの硬くて言うこと聞かないやつ」

戸「そそ。ご存知の通りあれだとクッション性が皆無だから路面の振動がダイレクトにカメラに影響しちゃうんだよね」

塩「それはブレ過ぎて見てられないだろうな」

戸「で、対策を考えた。理屈から言えば、平らなら振動しないわけだから、ドリーを転がすルートにベニヤ板を敷いてみたんだけど」

塩「上手くいかなかったんだね」

戸「まっ平らじゃないからふわふわ揺れるし、繋ぎ目ではガタガタするし。例えるなら、めまいを起こしながら電車に乗ってるみたいな? 結局、どれも生理的に不快だったんだ」

塩「それで手持ちにしたんだ。それにしても変な揺れ方だったな」

戸「実はあれ、三脚の足を全開にして、エレベーター部分の棒を握って撮ったんだ。そうすれば安定すると本気で思ってた(笑)」

塩「結果、やじろべえの様に変に揺れたわけだ(笑)」

戸「フィルムって現像してみないと結果が分からないから、やってみて失敗が分かっても撮り直しができない。そのリスクに気づかなかった(笑)」

塩「2回やったじゃん」

戸「亮が登校するシーンと、亮が貴久に車を貸してくれってねだるシーンの2回のこと?」

塩「うん」

戸「亮が貴久に車を貸してくれってねだるシーンはクランクインの日で、その時に三脚をやった。現像が上がってやっちまった事に気づいたんだよね」

塩「それなのに、亮が登校するシーンでもやってるんじゃ?」

戸「あれは普通に手持ち。三脚やじろべえはやってないよ(笑)」

塩「一応、学習してるんだ。でも揺れ方はほぼ同じだったけどね(笑)」

アクションつなぎ大好き

塩「動きでカットをつなぐ所謂『アクションつなぎ』、多いよね」

戸「大好き(笑)」

塩「あれってきちんと計算しないとうまくつながらないでしょ?」

戸「だから絵コンテはちゃんと書いてるよ」

塩「確かに要所要所で準備してあるよね、絵コンテ」

戸「特に撮り直しが絶対にできないロケでは絵コンテは必須」

塩「絵コンテ通り撮らなきゃならない撮影担当も責任重大だな」

戸「桑田くんは凄いカメラマンだよ。こんな感じでって、絵コンテ見せたら後はほぼ任せてた。しかもコンテなんて基本的には丸に十字で顔、くらいの適当なコンテだったから、構図はカメラマンの力量で決まってました」

塩「すごい人だったんだね」

戸「しかも背は大きいのにコンパクトになれるんだよね。狭い屋内での撮影でも、すんげー小っちゃくなって撮ってるの可愛かった(笑)」

塩「可愛いんかい(笑)」

戸「あと記録だよね。これは特に重要。今はモニターですぐ確認できるから楽だけど、目線とか、物の位置とか、表情とか、記録がしっかりしてないと繋ぎがうまくいかない」

塩「今、当時の記録見てみると…、ここまで書くかってくらい細かく書いてるね」

戸「記録の大畑さん、記録助手の皆さん、本当にありがとう」

照明は忍ぶもの

戸「観客が意外と気にしないのが照明」

塩「そういえば特に気にならなかったな」

戸「それでいいのだ。照明の不自然さが気になったらダメでしょ?」

塩「確かに」

戸「基本レフ球を3個たいてる。500Wのスポット球とフラッド球×3個、300Wのフラッド球とトレーシングペーパーをいろいろと駆使して光を作りました。あと、倍判サイズ、つまり90cm×60cmの銀レフ版2枚を手作りして使ってました」

塩「へえ」

戸「お前、今も気持ちここに無いだろ」

塩「戸辺こそ、映画観てて照明なんて気にする?」

戸「するよ。照明の上手い下手で映画の質が劇的に変わるよ。そもそも照明って演出手段だからね。当てる角度、強さ、色、それが変わると映っている物の意味までもが変わってくる」

塩「そうなんだ」

戸「僕は東宝撮影所にバイトに行って、照明のすごさを目の当たりにしてるから」

塩「おうおう。プチ自慢かよ」

パルスシンク・ステレオ

塩「声は、明らかにアフレコだよね?」

戸「うん。微妙にずれてるからすぐ気づくよね」

塩「当初の台本を見ると『パルスシンク・ステレオ』って書いてあるけど」

戸「初めはね、同録でやろうと思ってたんだ。機材もそろえてテスト撮影も繰り返した」

塩「ちょ、待てよ。勝手に話を進めるなよ。そもそも『パルスシンク・ステレオ』って、なに?」

戸「だよね。普通、知らないよね」

塩「知ってるやつは絶滅してるんじゃないかな」

戸「『パルスシンクシステム』とは、8mmカメラで撮影する時、同時録音で音声を録音しながら、1コマ写すごとに1パルスの音、つまり『ピッ』って感じかな、を記録するんだ」

塩「つまり、同時録音で音声は普通に録音し、同時にコマと完全に同期する信号が記録される、と」

戸「おぉ、理解が早いな」

塩「そういう設定にしないと先に進まないからな」

戸「で、映写機を回すときは、そのパルス音に合わせてコマを送るんだ」

塩「つまり完全に音声と映像が同期するけど、上映の時は音声の速度に映像を合わせる感じか」

戸「音声のレコーダーの精度は相当高かったからその辺は何の問題も無かったんだけど」

塩「だけど?」

戸「問題は録音技術だったんだよね」

塩「録音技術」

戸「8mmカメラって、撮影する時、結構大きな音がするんだ。同時録音するとどんなに頑張ってもその音が一緒に記録されてしまう」

塩「あぁなるほど(よくわかっていない)」

戸「ガンマイクやブームマイク、ピンマイクやせめてズームマイクくらいあれば、カメラ音を軽減できたかもしれないけど、そんなもの高すぎて買えないどころか借りることもできない」

塩「そんな高価なものなの?」

戸「その当時は完全にプロ用だったからね。で、カメラをタオルでくるんだり、音を軽減する方法も試したんだけど」

塩「結局、解決しなかったと」

戸「残念だけど、仕方なくアフレコに切り替えたというわけ」

塩「今なら、カメラ音の逆位相ぶつけて消せるかもしれないのに」

戸「36年前にその技術があったらなぁ」

たかがアフレコされどアフレコ

戸「アフレコも苦労したなぁ」

塩「あれって画面に合わせて喋るだけだろ?」

戸「そこに至るまでだよ。同録でちゃっちゃと済ます予定だったのに、急遽アフレコになったから準備を何もしてなかったんだよね」

塩「そうか」

戸「7月15日にクランクアップして、いよいよ本格的に編集が始まって、8月下旬に編集があらかた終わって、今度はアフレコの準備」

塩「忙しいな」

戸「8月30日に、1回目のアフレコをやったんだけど、これはアフレコ方法の模索に近かった」

塩「模索とは」

戸「想定したアフレコ方法で本当にちゃんとできるかの検証だよね。そこで問題点を抽出して改善していったんだ」

塩「未経験者ゆえのトライアンドエラーの連続だな」

戸「で、改善後、10月21、28日、11月4、18、25日の5日間でアフレコ終了」

塩「意外と日数かかってるね」

戸「出演者が多いんだよ。一言しかセリフがない人にも来てもらわなくちゃいけないし、スケジュール調整がとにかく大変だった」

塩「映画作りって本当に大変なんだな」

戸「場所代だってタダじゃないしね」

塩「まさか、録音スタジオ借りた?」

戸「まさか。安く上げるためにそりゃもう知恵を絞ったよ」

塩「そこで絞り過ぎたから、今ちょっと足りないのか」

戸「おい、こら、きさま。ちょっと裏来い」

ロケ編

駅の撮影

塩「駅でよくあれだけ撮影できたと思う」

戸「おおらかな時代だったよね」

塩「あれ、ゲリラ?」

戸「まさか。事前にロケハンに行って、東京駅と大垣駅の駅長さんクラスの方に直接会って、シナリオと絵コンテ見せて、理解してもらったうえで撮影許可もらってるの」

塩「すげー。ちゃんとやってんじゃん」

戸「行き当たりばったりではないのですよ」

塩「学生の自主映画だしね。みんな優しかったね」

戸「東京駅で許可もらう時『白線の外側には出ないよね?』って聞かれて咄嗟のことでパニくってしまって『外側にしか出ません!』って答えて、全員を呆然とさせたのを覚えてる(笑)」

塩「結構、いっぱいいっぱいでやってたんだな(笑)」

戸「初めての撮影交渉だったから」

塩「ん? 大垣には何回行ったの?」

戸「ロケハンと、撮影本番の2回だけど」

塩「じゃ、大垣はいつ交渉したの?」

戸「ロケハンの時に」

塩「ロケハンっていつよ」

戸「1983年10月29日。実際に23時25分発の当該列車345Mに乗って、大垣まで行ったんだ」

塩「うわあ。戸辺ってバカなの?」

戸「それこそ自分が体験しなきゃ、その列車に乗る意味が分からないと思ったんだよね」

塩「まじめだなぁ」

戸「一晩走り続けての朝6時55分、大垣駅に着いた時のことは今でも忘れない」

塩「そんなに感動した?」

戸「いや、もう、マジできれいだった。朝靄に包まれた優しい日差しのホームや駅舎。ここしかないと思った」

塩「わかる気がする」

戸「その時と同じ角度の光が2月の13日くらいなんだけど、そもそもクランクインが2月19日だしね。だからできるだけ早く、でも寒くない日、って考えると結局ロケは3月6~9日に」

塩「そのロケハンの時に、撮影交渉もしてきたと」

戸「うん。初稿から最終稿まで、唯一変わらなかったのが、このラストシーンだから、その時あった第2稿で説明してOKもらった」

塩「戸辺の本気が伝わるエピソードだな」

戸「その思い出の大垣駅も1986年3月19日に駅ビルになっちゃったんだよね」

塩「もしかしたら動画で残る最後の木造の大垣駅かもね」

お店の撮影

塩「ところで、いろんなお店で撮影させてもらってるよね。オリジナルTシャツのお店PINE、居酒屋酒蔵赤天狗、スナックありす、喫茶店Enfant」

戸「あれは、製作の宮岸くんのコネクションなんだよね。基本、彼が通っていたお店」

塩「通ってたって…、え、普通の客ってこと?」

戸「うん。宮岸くんって不思議な人で、何回か通うだけでお店の人と友達になっちゃうらしく、彼が頼むとどこもすんげー簡単に『いいよいいよ』ってOKくれるんだ」

塩「それは頼もしいね」

戸「しかも照明のための電気もタダで使わしてくれて」

塩「いい時代だなぁ」

戸「申し訳ないんで飲み物くらいは注文したけどね」

塩「それは最低限の礼儀でしょ(笑)」

戸「そのお店も今は一軒も残ってないんだよね」

塩「時間を感じるね」

戸「ありすのバナナジュースは絶品だったな。また飲みたかったな…」

塩「街は移ろうのですよ」

戸「ちょっと寂しいです」

大垣ロケの撮影秘話

塩「結構、撮影序盤で大垣ロケに行ってたんだよね」

戸「撮影4日目と言うか4回目というか、1984年3月6日(火)から2泊4日」

塩「ん? 3泊4日じゃなくて?」

戸「初日は、車2台、東京から東名高速を徹夜で走って行ったんだ」

塩「あぁ、泊ってないから1泊少ないんだ」

戸「2日目の早朝、名古屋駅から6:15発の当該列車345Mに乗って撮影してる」

塩「それは麻利子さんがデッキに出てきて外を見ながら涙するシーンだね」

戸「あれは困った。その日の列車が、たまたま鬼のように混んでて、席に座るどころか立って乗ってる人までいて、仕方なくデッキに出てくる演出に切り替えて撮った」

塩「別日に撮るとか考えなかった?」

戸「まだ薄明前の名古屋から岐阜の本物の景色が欲しかったんだ」

塩「景色って…」

戸「うん。現像してみたら、窓の外、場所なんか全然わからないんだけどね(笑)」

塩「まあ、でも、窓の結露とかリアルの雰囲気は伝わるよ」

戸「で、2日目の昼間はやることないんで、養老公園に観光に行ったりね」

塩「そういうのもないとね」


戸「3日目の早朝は、大垣駅でホームのシーンとラストシーン」

塩「3日目と言うと、3月8日か」

戸「この日は薄曇りだけど春の日差しは差している、と記録に書いてあった」

塩「思い通りの陽が出てよかったね」

戸「で、6:55に345Mがホームに入線するところから始まって、駅前のカローラが去る所まで、この日に一通り全て撮ってるね」

塩「じゃあ、4日目は遊べるじゃん」

戸「遊べないよ。大垣駅に着く直前の電車内の麻利子さんを撮ってない。それにラストシーンのカローラを撮る頃には時間が9:40になってて、どう見ても早朝の光じゃなかったんだ」

塩「あぁ、残念。4日目も早朝撮影決定だ」

戸「でも、ま、3日目の昼間はやることないんで、みんなでボーリングとかしたりね」

塩「そういうのもないとね」


戸「4日目の早朝は、車で岐阜駅まで戻って6:44発の当該列車345Mに乗って大垣までの撮影。この時は割と空いてて、ボックス席を確保できた」

塩「席に座って窓から明るくなった外を見てるシーンだね」

戸「そそ。また混んでると困ると思って、比較的空いてるはずと読んで最後尾の車両に乗ったのが良かったんだろうね」

塩「でも車掌さんが映ってるけど」

戸「おかしいよね~。麻利子さん、大垣駅では先頭車両から降りてくるのにね(笑)」

塩「学生の自主映画です。大目に見てね♪」

戸「で、大垣駅に着いたら、昨日、納得できなかったカローラのラストシーンを撮影し直して、構内に戻って念のためC-1からC-7までもう一度追撮して、8:45に大垣ロケは全て終了」

塩「こうやって話を聞くと、ホントに大変だったんだな」

戸「うん。でもこのシーンがこの映画の核心だからね。参加してくれたスタッフ、キャスト全員に心から感謝してます」

特殊なフィルター使ってます

戸「で、気づいてる?」

塩「なに?」

戸「大垣のホームの撮影では、いろいろなフィルターを使ってます」

塩「気づかなかったな。どんな?」

戸「ソフトンとかフォギーとかPL(偏光)とか」

塩「うん。まずは説明してくれ」

戸「ソフトンは、ピントの芯を残して光をにじませます」

塩「へえ」

戸「フォギーは、文字通り全体に霧がかかったような光のにじみを加えます」

塩「ほお」

戸「PL(偏光)は、光の反射を抑えたり、色彩コントラストを上げたりします」

塩「なるほど。で、どのへんで使ったって?」

戸「8mmフィルムって画面が小さいうえに粒子が荒いから、効果が分かりにくいよね」

塩「お前、どこに使ったか忘れてる上に、今見ても思い出せないんだろ」

戸「てへぺろ」

岐阜のドライブウェイの夜景

塩「せっかく大垣までロケに行ったのに、『岐阜のドライブウェイ』にはいかなかったの?」

戸「あー、麻利子さんが言ってた、夜景の綺麗な場所ね」

塩「うん」

戸「行ってない。と言うか、一度も行ったことない」

塩「え。自分で見たこともないのに、よくセリフに入れたな」

戸「そこがキレイな事は、るるぶの岐阜版で知ってたからね」

塩「それだけの情報で?」

戸「るるぶ、なめんなよ(笑)。最近、ネットで検索したら、本当にきれいだった」

塩「まじか。本物を見てみたいな」

戸「ぜひぜひ。マジおすすめ。正確には、岐阜にある金華山山頂の『金華山展望台』のことだからね。夜景が見られる場所は4か所くらいあるので間違えないように。金華山展望公園ではなく、金華山第二展望台でもなく、金華山岐阜城展望台でもなく、『金華山展望台』ですよ。『レストランポンシェル上 展望台』とも言うらしいですよ」

塩「ところで、麻利子さんは、誰と見に行ったんだろうね、『金華山展望台』」

戸「田舎は18才の誕生日に車の免許取るから、自分で行ったとか」

塩「いや、さすがにそれはないだろう。淋しすぎるよ(笑)」

戸「じゃあ、高校の先輩に誘われて見に行ったってのは?」

塩「さもありなん」

戸「先輩は麻利子さんを落とす気で誘ったのに、麻利子さんは夜景にしか興味がない。誘いに乗った麻利子さんが自分に好意を持ってると勘違いした先輩が、夜景を見てるときキスしようと迫る。麻利子さんは、先輩のほっぺたを引っ叩いて一人で帰っちゃう」

塩「おぉ、なんてベタな展開。でもなんか想像できる。ってか、横浜のシーンにつながる!」

戸「そうか! あの唐突のセリフ『うそ、どうせキスしようとか考えてるんだわ』の意味はこれだったのか!」

塩「おい、待て。おまえが脚本書いてたんじゃないのか?」

戸「無意識にこんなに深い裏設定を考えていたとは、俺ってすごい!」

塩「┐(-_-)┌」

横浜ロケの撮影秘話

塩「ところで、この映画は早春と言う設定だよね?」

戸「そうだね。撮影時期に合わせて3月頃ってところかな」

塩「なのに横浜では、背景に半袖の人がたくさん映ってるカット、あるよね」

戸「実は一度、春に撮るには撮ったんだけど、いろいろあって夏に撮り直したから」

塩「いろいろ」

戸「一番問題だったのは、春の撮影がノープランだったことかな。しかも夕方のシーンだったもんで真面目に夕方から順撮りで撮影を始めて、ノープランゆえの試行錯誤の結果撮影が押しに押して、最後の方はほぼ真っ暗闇での撮影になっちゃって」

塩「なるほど」

戸「現像してみてびっくり。かろうじて人が立ってるらしいと分かるくらいで、表情はおろかどんな動きをしてるかも分からない」

塩「写ってないんじゃ撮り直しもやむなし、だな」

戸「それに明るい時に撮った部分も、なんか気に入らないところが多くて。何しろノープランだったから(苦笑)。結局全部撮り直すことにしたんだ」

塩「みんな怒らなかった?」

戸「きっと内心は怒ってたろうね。1日が完全に無駄になったわけだから。その上、信じられないことが」

塩「トラブル?」

戸「ほんのちょっとだからいいかな~って路駐して、みんなでお茶しながら反省会してたたんだ。で、店から戻ったら駐禁切られてた(泣)」

塩「うわ。絵に描いたような“泣きっ面に蜂”状態(笑)。と言うか、そもそも路駐はいけませんよ」

戸「はい。以後、必ず駐車場に入れてます」

塩「勉強代だね」

戸「そうこうしているうちに、僕が大学4年になって就職活動の期間に入ってしまって、ますます撮影時期が延びて行き、7月上旬に本命の会社の内定をもらって、それから撮影準備に入ったから調整できたのが7月15日」

塩「ガチで真夏じゃん(笑)。そりゃ当然、背景の人は半袖だよな」

戸「で、エキストラを3人ほど頼んで長袖着てもらって半袖の人を隠したりしてたんだけど、カメラが回ってから予期せぬ半袖の人がフレームインしてたりするわけですよ」

塩「フィルムって現像しなきゃ何が写ってるかわからないからなぁ」

戸「まあ、その辺の違和感は大目に見てね。しょせん学生の自主映画ですから」

塩「便利な言い訳(笑)」

戸「で、撮り直しでミスするわけにいかないので、この映画史上最高に綿密な絵コンテを書いて撮影に挑みましたよ」

塩「そうだね。この日でクランクアップだしね」

戸「その他のシーンの撮りこぼしや撮り直しも全部やっつけて、晴れてクランクアップ!」

塩「お疲れさまでした」

スクランブル交差点の撮影秘話

塩「あのさ。麻利子さんと亮くんが別れるシーンってさ」

戸「スクランブル交差点?」

塩「そそ。あれ、どこで撮ってるの?」

戸「気になる?」

塩「気になるから聞いてるんだけど」

戸「あれは、3カ所で撮ってます」

塩「3カ所!」

戸「まずは、信号待ちをしてるところ。あれはお茶の水駅のお茶の水橋口前のスクランブル交差点です」

塩「へえ、お茶の水」

戸「実はそこで、いざ撮影しようとしたらお巡りさんに声をかけられちゃいました」

塩「なんて?」

戸「『おまいら。許可取ったのか』と」

塩「え。許可いるの?」

戸「僕もその時初めて知ったんだけど、道路に三脚を立てて撮影する場合、人の往来を妨げる可能性があるんで、警察の許可が必要なんだそうです」

塩「まじか。気軽に記念写真も撮れないじゃん」

戸「いや、たまたま神田警察署お茶の水交番の真ん前で、無許可で三脚立てちゃったから黙認するわけにいかなかっただけだと思うよ。それが証拠に、書類書いたらすぐに撮影できたもん」

塩「今はもっと厳しいんだろうな。自主映画を撮る人は気をつけてな」

戸「次に、亮のアップ『ここで別れよう』と、そのセリフを受けての麻利子さんのリアクションのアップの2カットは、お茶の水駅前の雑踏で撮るわけにいかなかったので、後日、横浜の港の見える丘公園で7月15日に撮りました」

塩「場所も季節も全く違うのか」

戸「で、最後に、俯瞰でのズームバックを撮ったのは」

塩「それそれ。そこが一番気になってた」

戸「あれは、渋谷の109前のスクランブル交差点です」

塩「今度は渋谷かぁ」

戸「109に交差点に面した丸い塔みたいな部分があるでしょ」

塩「あるね」

戸「それに窓があって、その一番高い窓、たぶん8階の窓だと思うんだけど、そこからスクランブル交差点を撮りました」

塩「おぉ。まさに映画の醍醐味。ああいう風につなぐと全く違和感がない」

戸「109は大変だったんだよ。当時、無線も携帯もないから、スタッフが階段を上ったり下りたりして連絡して、2テイクくらい撮ったかな。そのやり取りが大変だったのと、109に無許可だったので、それくらいで逃げたw」

塩「なんか唯一のゲリラ撮影じゃん」

戸「でも、逃げたホントの理由は、自分たちが109の雰囲気と恐ろしいほど合わなくて気後れしただけなんだけどね(笑)」

塩「確かに戸辺たちじゃあ異質すぎるな(笑)」

麻利子さんの部屋

塩「麻利子さんの部屋は作ったの?」

戸「あぁ、あれは倉野貴久役の浜島力くんの部屋をそのままお借りしています」

塩「なるほど。それで青基調のコーディネートなのか。麻利子さん自体は赤い衣装をメインに身に着けてるから若干の違和感があったんだ」

戸「でも、理系の大学に通ってる女の子の部屋っぽい感じはあったでしょ?」

塩「まあね」

戸「浜島くんは、当時、講談社『なかよし』に1978年から1982年まで連載され、テレビアニメは1981年から1982年まで放送された「おはよう!スパンク」の熱心なファンという、乙女心を持ったヒゲの濃い好青年だったんです」

塩「その情報、いるか?」

戸「そんな彼の部屋だから、女の子の部屋の設定でも、ギリギリ行けたんだと思います」

塩「その情報、いるな」

戸「ちなみに浜島くんは1982年にNECから発売された16ビットパソコン「PC-9801」を所有していました」

塩「その情報、いるか?」

戸「女の子の部屋なのにフェミニン過ぎず、理系の感じがしたのはそのためです」

塩「その情報、いるな」

亮の部屋

塩「そうなると亮の部屋も気になる」

戸「あれは亀川博之役の西了二くんの部屋を散らかったまんまお借りしています」

塩「あの汚しは演出じゃなくて本物だったのか(笑)」

戸「部屋の撮影は、夜の設定が多かったので、昼間っから雨戸を閉めて、すき間を黒紙で覆って光を遮断し、わざわざ照明を焚いて撮ってます」

塩「めんどくさ。夜に撮影すればそんな手間いらないのに」

戸「時間の節約だね。昼間でも夜のシーンが撮れるなら撮っちゃった方が効率がいいじゃん。あと、高校1年生もいたから夜遅い撮影が絶対にできなかったしね。どうしても夜の外の景色を写さなきゃいけないところは、夜を待って撮影したけど」

塩「具体的には?」

戸「麻利子さんがお酒を持って玄関を開ける最初のカットは、実は夜を待って最後の方で撮ってます。同じく、貴久と香子が部屋に入ってくるカット、高宮美土里関連のカットは夜に撮ってます」

塩「びっくりするくらい順番に撮ってないんだな」

戸「それでも編集すると繋がる不思議。それが映画です!」

電車内シーン撮影秘話

戸「大垣夜行は165系と言う急行型車両が使用されていたんだ。だから、大垣駅前後の車両は当然本物の大垣夜行165系。役者が写っていない東京駅発車シーンとかの車両はもちろん本物の大垣夜行165系だし、真っ暗でディティールが全く見えない過ぎ去る列車も無駄に本物の大垣夜行165系だよ」

塩「当然だな」

戸「ただ、東京駅発車前後の役者が写っているカットだけは113系での撮影だったんだ」

塩「ん? なぜそこだけ113系? 真っ暗でディティールが全く見えない過ぎ去る列車さえ165系にこだわってたのに」

戸「だって、東京駅から23時25分発の大垣夜行に乗って撮影したら帰ってこれないじゃん」

塩「あぁ、そういう事か」

戸「で、考えました。当時、東海道を走る列車はみんな湘南色だったので、近郊形車両の普通列車で誤魔化せないかと」

塩「出たよ、専門用語の羅列。きちんと説明を頼む」

戸「もう、めんどくさいからググれよ」

塩「見捨てないでくれよぅ…」

戸「しょうがないなぁ。じゃあ、まずは列車の型から」

塩「すまんね」

戸「列車の型はおおまかに、特急型、急行型、近郊型、通勤型がある」

塩「4タイプね」

戸「急行型とは、全ての座席がクロスシートと呼ばれるボックス席。吊り革なんてついてないやつ。ドアも車両の前後に2ヵ所だけでデッキになってて客室と隔てられている」

塩「あー、特急列車だとデッキと客室が分かれてるね。あの構造か」

戸「特急型と急行型の違いは座席。特急型は2人掛けでリクライニングもするし、回転して全ての座席が進行方向に向けられる。急行型はボックス席で背もたれはほぼ垂直」

塩「なるほど。理解した」

戸「通勤型は文字通り通勤電車で使われている座席の並び。横並びのロングシートだけで、ドアの数も3つとか4つとかある」

塩「いつも乗ってるやつだ」

戸「で、問題の近郊型だけど、3ドアでボックス型のクロスシートと通勤電車みたいな横並びのロングシートの両方があってロングシートの上には吊り革も付いてる。イメージとしては通勤型のロングシートにボックス席をはめ込んだ感じ?」

塩「知ってる。近場の田舎でよく見る普通電車だな」

戸「で、ボックス席の急行型での撮影が無理なら、近郊形のボックス席で撮れば急行型に誤魔化せるはずと踏んだわけですよ」

塩「確かに俺は見事に誤魔化されたぜ。実際、説明されるまでその違いに気付かなかった」

戸「でも、鉄道ファンの目は絶対に誤魔化せないから、指摘される前に自ら告白してしまおうと」

塩「さすが。リスク管理、完璧だな(笑)」

戸「でも、どの113系でも良いわけじゃないのだ」

塩「なぜ?」

戸「大垣夜行は東京駅9番線の発車なので、同じく9番線発車でしかも一番遅い電車をチョイスしました」

塩「なぜなぜ?」

戸「麻利子さんが窓から知らん男を亮と見間違えるカットが必要だったから、どうしても9番線に止まってる電車じゃなきゃ繋がらないでしょ。そこで20時53分発の伊東行き113系各駅停車で撮影しました」

塩「妥協と拘りのポイントが微妙(笑)」

戸「でも、夜の9時くらいじゃまだまだ通勤時間で結構混んでて、それなのにボックス席を2人だけで占有してるわ、三脚立てて撮影しちゃってるわで、周りの一般客からの迷惑そうな視線を全身で感じてました」

塩「国鉄には黙認してもらってても、一般のお客さんは関係ないからなぁ」

戸「ホント。申し訳なかったっす_(:3 」∠)_」

塩「おい。絵文字のチョイス!(笑)」

戸「そんなこんなで東京から横浜までの28分で撮影終了」

塩「あれ。意外と早かったね」

戸「座ってる麻利子さんをいろんな角度から撮るだけだったからね」

塩「でも、駅構内が写るカットは仕方ないとして、走ってる電車内なら車両の外の色なんて関係ないから東海道本線にこだわらず、165系ならそれこそ東北本線でも中央本線でも総武本線でも良かったんじゃないの?」

戸「Σ(; ・`д・´)!!!!!!」

塩「気付いてなかったのか(笑)」

気になる編

麻利子さんのダンスシーン

塩「ところで」

戸「ん?」

塩「麻利子さんがレオタードで踊るシーン」

戸「うん」

塩「あれ、いる?」

戸「何を言ってるんだ君は! いるに決まってるだろ!」

塩「ちょちょ、何をそんなに熱く」

戸「20才ちょい過ぎの健全な男の子が女の子を主演で自主映画を撮ってるんだぞ! むしろなきゃ不自然じゃないか!」

塩「わかる。わかるよ。でも、ダンスのクオリティがあまりにちょっと…」

戸「うん。それに関しては悪いことしたと思ってる」

塩「よしよし。落ち着いたね」

戸「実はダンスをきちんと振り付けられる人間が一人もいなくて、仕方なく酒井さんが高校の授業で作った創作ダンスを踊ってもらったんだ」

塩「確かにそんなレベルの仕上がりだったね」

戸「でも、男の子は見たいんだよぉ。女の子のレオタード姿がぁ」

塩「よかったじゃん。生で見れて」

戸「それが」

塩「え?」

戸「いざ生でそこにいると、ドキドキして凝視できなかったんだ…」

塩「純情小僧か!」

タバコと女優と

塩「特に時代を感じるポイントがある」

戸「どこ?」

塩「登場人物がタバコを吸っている」

戸「ああ。確かにあの頃は“タバコ=大人”みたいな感じだったからね」

塩「今じゃ喫煙シーンすら絶滅してるからね」

戸「特に吸うのが主人公の槇峰亮、その友人の竹中吾平、劇中映画の監督の三次裕時」

塩「麻利子さんも喫茶店でタバコを吸うけど、仕草が吸ったことない感がにじみ出てて」

戸「その点、記者会見後にタバコを吸う緑川怜子さんはそれなりにこなしてたよね」

塩「と言うと、この2人は」

戸「実は全くタバコを吸いません。撮影のためにニコチンの入っていないタバコもどきを吸ったふりしてもらいました。そのタバコもどきの名前は忘れちゃったけどね」

塩「何故わざわざそんな手の込んだことを」

戸「やっぱり時代だよ。女の人がタバコを吸うのって大人っぽくてカッコイイという認識だったんだろうね」

塩「逆にあの時代にタバコを吸う女性って少なかったんじゃ?」

戸「あぁ。確かにリアルでは僕の周りには一人もいなかったな」

塩「えーと、昭和59年頃の喫煙率は、男性は65.5%、女性は14%だそうだ」

戸「僕もタバコ嫌いなのに吸ってたからなぁ」

塩「ちなみに平成30年だと、男性は27.8%、女性は8.7%だって」

戸「今やタバコはダサいって認識なのにね」

塩「ホント、映画って時代や文化の記録だね」

大垣夜行345Mのうんちく

戸「大垣夜行165系345Mのうんちく語っていい?」

塩「ダメって言っても語るだろ?」

戸「語る。この編成が最初に誕生したのは1968年10月。1987年4月1日に国鉄がJRになっても存続していたけど、1996年3月16日のダイヤ改正でついに廃止され、ムーンライトながらになってしまったんだ」

塩「そうか。これを撮った3年後に国鉄はJRに変わったのか」

戸「え? そこ? 食いつくの、そこ?」

塩「だからこそ、国鉄時代の165系345Mの大垣夜行の動画って、ものすごく貴重なんじゃない?」

戸「おお、しっかり理解してた。そうなんだよ。その文化的価値は計り知れないと思うよ」

塩「古い映像って、歴史遺産なんだな」

戸「ちなみに、列車番号が345Mに変更されたのは1980年10月1日改正で、それまで荷物電車の併結をしてたので13~14両編成の長い列車だったんだけど、この改正で荷物電車の併結が廃止されて12両編成になったんだ。ちなみにこの頃は153系で運用していたんだけど、1982年11月15日のダイヤ改正で、撮影した165系の列車の編成になったんだ。12両編成でグリーン車もあった。そしてこの編成が1996年の大垣夜行廃止まで続くことになる」

塩「……」

戸「あれ? ついてきてる?」

塩「戸辺って鉄道オタクなの?」

戸「いあ、これは全て『鉄道模型中古Nゲージ買取 販売 - 国鉄型買取専門店 ひゃっけん堂』さんのHPからの受け売りです。ひゃっけん堂さん、無断借用ごめんなさい」

宮岸君との出会い

塩「ところで、ちょいちょい話に出てくる製作の宮岸くんとの出会いは?」

戸「うん、最初の出会いは、道路警備のバイトなんだ」

塩「それって道路工事の現場で赤い棒振って車止めるやつ?」

戸「そそ。1度だけ現場で一緒になったんだ。休憩の時、なんでこんなきついバイトやってるの?的なことを聞かれて、自主映画を作ろうと思って短期間に大金を稼げるバイトってことでやってる、と答えたんだ」

塩「うん」

戸「その時は、それだけだったんだけど」

塩「それだけかい!」

戸「それからずいぶん経って、麻利子さんのイメージの女優さんが見つからず、主演女優さん募集のポスターを作って国立の駅前のオシャレなお店にポスターを貼らせてもらえないか交渉して回っていたんだけど、片っ端から断られまくって凹んでた」

塩「そりゃあ、戸辺みたいのがいきなり行ってもなぁ」

戸「焦りながら歩道を歩いてると、車高の低いヤバいスカイラインが僕の横に止まって、サングラスかけたヤンキーのような兄ちゃんが声をかけてきた。こりゃもう絶対絡まれたと思って涙目になってたら、それが宮岸くんだったんだ」

塩「どんだけヤバそうに見えたんだよ」

戸「聞いたら元暴走族で切り込み隊長やってたって(笑)」

塩「元本物かい(爆笑)」

戸「事情を説明すると、すぐさま知り合いの店に交渉してくれて、あっという間にポスターが全部貼れたんだよね」

塩「その時から凄いコネクションをお持ちで(笑)」

戸「それ以来、一緒に映画作りのことを話すようになって、ほぼ毎晩、宮岸くんの家に行って夜中まで話し合ってた」

塩「いっきにマブダチですか」

戸「脚本協力の漫画家『おおの藻梨以』さんを紹介してくれたのも宮岸くん。元々おおの藻梨以さんのファンだった僕は舞い上がったね。こんな出会いがあるなんて」

塩「宮岸くんと藻梨以さんにはどんな接点が?」

戸「2人はサーフィン仲間で大変仲の良いお友達だったんだ」

塩「カッコいいね。サーフィンやってたんだ」

戸「藻梨以さんの漫画の主人公の女の子にサーファーが多いのは本人を投影してたからだね」

塩「2人ともオシャレすぎて戸辺と生きてる世界が違いすぎる気がする」

戸「一番そう思ってるのは僕だよ(笑)」

塩「そんなスゴイ人たちに力になってもらって幸せだな」

戸「ね。実際、藻梨以さんとの出会いで『驛舎(仮題)』は『Too far away』に劇的な変貌を遂げるんだ。藻梨以さんの助言で、第4稿までは大学生の日常スケッチ的なエピソードが多かった『驛舎(仮題)』から余分な部分を大胆に削除し、ストーリーを浮き上がらせてくれた。
でも『ここはこういう理由でいらない』とか意見は言ってくれても『こういう風にしたら』とか具体的な事は教えてくれない。それをしちゃうと、僕の作品じゃなくなっちゃうから、って言うんだよね。さすが一流の漫画家さんは、指導の仕方も心得てるなと」

塩「アシスタントさんにも、きっとそんな風にアドバイスしているんだろうね」

戸「ちなみに、水越けいこさんの曲『Too far away』を教えてくれたのは宮岸くん。ほか、角松敏生さんとか、洋楽とか。オシャレな曲はみんな宮岸くんが教えてくれた(笑)」

塩「待て。杉山清貴&オメガトライブさん、中島みゆきさん、サザンオールスターズさん、早見優さん、安全地帯さんに、心から謝れ(笑)」

戸「ごめんなさい」

楽曲について

塩「でだ。心から謝れ、からの流れで」

戸「え?」

塩「普通に音楽使いまくってるけど」

戸「う」

塩「あれって間違いなく違ほ」

戸「うおおおおおおおおおお!」

塩「……自覚はあるようだな」

戸「当時はおおらかな時代とは言え、JASRACさんのこととか何となく知ってました」

塩「何となくかよ」

戸「で、自分で曲を用意する方法とかいろいろ考えたけど、曲作れる仲間もいなかったし、自分で作れるわけもないし、そもそも営利目的じゃないし、一般上映する気もなかったし、だから自分たちで楽しむ分にはいいかなって…。正直甘えてました! すみません!」

塩「俺に謝られても」

戸「でも、当時流行ってたり、その頃僕がカッコイイとか、この名曲だけは使わなくてはと思った楽曲を選りすぐって使わせてもらっちゃってたわけで、今観ると(聞くと)当時の文化とか流行とかすごく凝縮されてて、逆にありかなって」

塩「それはそっちの言い分で」

戸「わかってます。今ならとてもよく分かってます。でもね、もしもですよ。その頃の曲を知らない若い人にこの映画を観て(聞いて)もらうことで1984年前後の曲に興味を持ってもらって、新しいファンが増えたら僕はとても嬉しいんです」

塩「まあ、確かに新しいファンが増えて、当時の古い楽曲がまた売れたらレコード会社も嬉しいよね」

戸「そうなるように頑張りますので、大目に見て下さい!」

塩「何度も言うけど、俺に言われても困るって」

戸「作品中に使用されている楽曲の著作権は全て楽曲の著作権利者に帰属しています。
権利者からお叱りを受ければ、いつでも著作権フリーの楽曲等で置き換えられるように準備はしていますので、何とぞよろしくお願いします!」

麻利子さん宛ての手紙

塩「観ててどうしても解らないところがあるんだけど」

戸「どこかな?」

塩「麻利子さんが『伊田有紀江』なる人物から手紙をもらうじゃん。あれって恐らく母親だろうとは推測できるけど」

戸「正解」

塩「その手紙の中身が全く説明されていないじゃないか」

戸「うんうん」

塩「その後の展開で、なんとなく家の事情が良くない方向に向かってるんだろうとは感じられるけど」

戸「またまた正解」

塩「何で中身をちゃんと説明しなかったんだ?」

戸「本当はね」

塩「うん」

戸「後撮りで手紙の文面をインサート挿入する予定だったんだけど」

塩「うん」

戸「未だに実現できていないんだよ」

塩「いまだにって」

戸「でも今まさに塩野が言った通り、何となく分かるからいいかなって」

塩「そんな無責任な」

戸「それにさ、今更どうにもならないじゃん。20才の酒井さんはいないし、FUJI FILMは8mmフィルム作るの止めちゃったし、マグネコ出来るとこ世界中にどこにもないし、ZC1000オーバーホールしてないし」

塩「こいつ、開き直ったな」

衣装担当はいませんが、なにか?

塩「役者さんの衣装って1984年当時流行ってた感じのものを選んだの?」

戸「どうかな」

塩「え」

戸「少なくとも1984年に売ってた服を着てるわけだから時代は映してると思うけど」

塩「なんか歯切れが悪いな」

戸「だって衣装も小道具も全て役者さんに任せてたから。あれ全部私物」

塩「と言うことは、役の人物に演者さんの感性がまんま投影されているわけだ」

戸「そうなるね」

塩「麻利子さんがやたら赤いのは目立たせる演出かと思ってた」

戸「酒井さんが日頃から赤かったと言うことだね」

塩「亮が毎日同じ服着てるのは」

戸「たぶんそうすれば、前のシーンで何着てたか覚えてなくていいと言う、松原くんの判断」

塩「それで男子はいつも同じものばっか着てたのか」

戸「ちなみに亮に関する記録も、初めはセーターの柄とか正確に書いてあったけど、そのうち“亮の衣装は前回と同じ”と書かれるようになったとさ(笑)」

塩「記録の時間短縮にも貢献したわけだ(笑)」

戸「それに引き換え大変だったのは酒井さんだよね。よくもまあ、あれだけシーンごとに衣装を変えてくれたと思う」

塩「あの大きなバックを日常で持ち歩くのって、当時流行ってたのかと思ったけど、酒井さんの趣味だったのかもしれないのか」

戸「当時、平凡な大学生に間違いなく流行ってたのは、スタジャンとセーターとでっかいマフラー」

塩「いや、それって流行ってたと言うほどのものでもないだろ」

戸「確かに時代はバブルに差し掛かり、DCブランドとか台頭し始めてたけど、貧乏大学生はスタジャンとセーターとでっかいマフラーだったんだよ」

塩「拗ねるなよ(笑)」

撮影稿とは名ばかりだった件

塩「今、新たに発掘された第5稿、いわゆる撮影稿と称するものを見ているのだが、何ですかこれは」

戸「正直、僕も驚きました」

塩「これってただの推敲途中の原稿じゃん」

戸「本当に推敲途中の原稿だったんだと思う」

塩「Tシャツ屋Pineは美容室アップルになってるし」

戸「多分、ロケ地も確定してなかったんだろうね」

塩「セリフなんて、消して書き直して、それをまた書き直して」

戸「実は、絵コンテと照らし合わせて、分かった事があるんだけど」

塩「是非聞かせてくれ」

戸「推敲して清書する時間もなかったから、絵コンテを清書ってことにしてるようだ」

塩「どれどれ」

戸「こことか。直しに直したセリフが絵コンテではこれに落ち着いてる」

塩「あぁ、なるほど」

戸「で、絵コンテが間に合ってないと」

塩「あー、ホントだ。撮影稿にカット割りがしてあるね」

戸「そして撮影を続けながら並行して推敲も行ってるみたいだね」

塩「なるほど。記録では本編で見たセリフに変わってる。よく現場が回ったな」

戸「これ、恐らく僕を含む全員が何を作ってるか分かってなかったんじゃないかな…」

塩「怖いわ。あんだけ金懸けて、あんだけ時間かけて、いざ撮影する時に、これ? それまでの4稿、意味ないじゃん」

戸「それだけギリギリだったんだと思う。監督を自分でやるって決めてから脚本を書き直すのに3週間しかなかったからね。人は集めちゃったし、機材は買っちゃったし、ロケ場所の根回しはしちゃったし、ここで止めると言う選択肢は絶対になかったから」

塩「よく完成したもんだな」

戸「骨組みはそのまま何もブレてないからどうにかなったんだろうね」

塩「エピソードやシーンもいくつか現場でカットしてるんだ…。なんだこれ。こんな作り方あり?」

戸「清書のはずの絵コンテでも修正してあるね。恐らく現場で役者さんに演じてもらってセリフ回しとか動きの違和感とか炙り出して、その場で役者さんと一緒に作っていったんだと思う」

塩「役者さんも、よくこんなやり方で何度も同じクオリティの演技ができたな」

戸「逆じゃないか? 役者さんが自分でセリフを考えたり動きを考えたりしたから、お仕着せじゃない分、逆に頭にしっかり刻まれて、その結果、何度でも同じクオリティで同じ演技ができたんじゃないかと」

塩「もう異常すぎて何が何やら…。およそ俺の知ってる映画作りじゃない」

戸「最終的にまとまったのは、奇跡としか言いようがないね…」

塩「こんな壮絶な戦いをしてたこと、戸辺は覚えてなかったんだ」

戸「きっと完成した喜びはそれまでの苦労を一瞬で忘れさせてくれるのですよ」

編集は度胸、じゃないよ

塩「確か8mmフィルムって撮った時のものしか存在しないんだよね?」

戸「そう。唯一無二。ネガがある訳じゃないから一旦傷つくと絶対に元に戻らない」

塩「めちゃめちゃデリケートなんだな」

戸「だから、フィルムの知識も経験も技術も想いもリスペクトも誠意もないヤツが触ると、簡単に傷だらけにされてしまうんだ!」

塩「なんか怒ってるね」

戸「これに関しては別の機会に余すことなく語らせてもらいます」

塩「なんか、スゲーやばそうな香りがするな(ワクワク)」

戸「時を戻そう」

塩「うむ。え~と、めちゃめちゃデリケートなんだな」

戸「フィルムは間違って1コマ切っちゃったら絶対に元に戻らない」

塩「ビデオやデジタルで録画した物ならいくらでも編集のやり直しがきくのにね」

戸「それくらい貴重なものだから1コマ切るのに1週間悩むなんてザラだったよ」

塩「悩みすぎだろ(笑)」

戸「いや、さっきも言ったろ? 間違えたら絶対に元に戻らないんだ。慎重になりすぎるくらいじゃないと絶対に後悔する」

塩「まあ、参加した人数も掛かった日数も費やした費用も半端ないから特にそうなるわな」

戸「編集時に傷をつけないように木綿の編集手袋をして作業し、手袋もまめに交換して洗濯して、そりゃもう慎重に扱ったよ」

塩「え? その割には傷だらけじゃ」

戸「だから、フィルムの知識も経験も技術も想いもリスペクトも誠意もないヤツが触ると、簡単に傷だらけにされてしまうんだ!」

塩「いったい誰にやられたんだよ」

戸「それに関しては別の機会に」

塩「別の機会、早く来ないかな(ワクワク)」

デジタル化のあと編

麻利子さんをさがせ

戸「8mmフィルムの撮影サイズ(※このフィルムのサイズにはいくつかの情報がありますが、今回は、Society of Motion Picture and Television Engineers(SMPTE)の規格を元に話を進めます)って5.69mm×4.22mmなんだよね」

塩「ちっさ!」

戸「上映の時は5.46mm×4.01mmの範囲、つまり撮影時の約91%(※面積比)しかスクリーンに映らない」

塩「さらにちっさ!」

戸「通常のテレシネだとスプライシング(フィルムの繋ぎ目)の跡を隠すため、もっと狭い範囲にトリミングされるんだよね」

塩「そうなんだ」

戸「2010年にDVでテレシネした時は撮影サイズの80%くらいしかビデオ化されてなかったんだけど、今回は撮影サイズ以上の範囲をデジタル化してもらったんだ」

塩「ん? 撮影サイズ以上? ちょっと意味が分からないんだけど」

戸「専門的になるから分からなくていいんだけど、そのお陰で面白いことが分かったんだ」

塩「その面白いことは素人にもわかるんだろうね」

戸「もちろん」

塩「じゃあ教えてくれ」

戸「上映時には気付かなかったんだけど、いくつかのカットで麻利子さんが見切れてます(笑)」

塩「え」

戸「麻利子さん役の酒井さんは実は結構天然で、写ってはいけないところにちょこちょこ写ってたんです(笑)」

塩「上映サイズだと見えなかった麻利子さんが、余すとこなくデジタル化したら見えるようになっちゃったと(笑)」

戸「探してみると面白いよ(笑)」

塩「ウォーリーを探せならぬ麻利子さんをさがせだな(笑)」

戸「あと照明やレフ板が見切れてたり、結構端っこに写っちゃいけないものが写ってた」

塩「しかしなんでそんな初歩的ミスを」

戸「ZC1000のファインダーは一眼レフとは言え、視野率100%じゃないから撮影時に気付かなかったんだと思う。なにしろ、照明もレフ板も麻利子さんもフレームギリギリを攻めていたからね」

塩「いや、麻利子さんは攻めてなかっただろ(笑)」

ザラザラしていませんか?

戸「デジタル化してすごく気になったところがあってさ」

塩「色々新発見があるね。で、どんな?」

戸「画がやたらザラザラしてると思わない? ノイズと言うか粒状感と言うか」

塩「フィルムだからしょうがないんじゃないの?」

戸「いや、8mmフィルムをデジタル化した他の人の画を見ても、ここまでザラザラしてないんだよね」

塩「経年劣化とか? 何しろ36年前のフィルムだし」

戸「もちろんそれもあると思う。だけど、他もみんな古いフィルムだよね」

塩「あ、そうか」

戸「この事がずっとモヤモヤしてたんだけど、この間、岩井俊二監督のインタビュー記事を読んでて全てが腑に落ちた」

塩「お。どんな?」

戸「以下、ビデオサロンの記事からの引用です」


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VIDEO SALON セミナー 2019年9月12日
「岩井俊二監督が語る―フィルムルック探求の変遷、そしていま8K映像に感じること」から

学生時代に自主映画で使った8mmフィルムが映像制作の原体験だったという岩井監督。


岩井「8Kじゃなくて8mmですね(笑)。すごい目の粗いフィルムから学生時代スタートして、最初はフジカのSingle8っていうフィルムだったんですけど、他の自主映画の人たちがキレイな画で撮ってるのを見て、“何が違うんだろうな?”と思っていたら、みんなコダックのフィルムを使っていて、“あ、コダックってこんなにキレイなんだ”と思ったのが僕の映画の原体験でした」

https://videosalon.jp/report/astrodesign_8k_seminar/

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塩「なるほど。フィルムの違いか」

戸「ね。驚きでしょ。当時、コダックの発色が凄く良いという事は知ってたけど、粒状性までコダックが圧勝してたとは知らなかった」

塩「その時コダック使っとけばよかったのに」

戸「いや、それは無理」

塩「なんで」

戸「8㎜フィルムには2種類あって、コダックのSuper8と富士フィルムのSingle8なんだけど、この2つはカートリッジの形状が全く違うから互換性がない」

塩「つまり、Single8のカメラは富士フィルムのSingle8しか使えないと」

戸「そういうこと。でもまあ、それはしょうがないね。それぞれ一長一短あるし」

塩「一長一短とは?」

戸「画の綺麗さはSuper8が上でも、特殊な撮影はSingle8の圧勝」

塩「ほほぅ。気になるねぇ、特殊な撮影」

戸「何と言っても撮影したフィルムを巻き戻せるのが一番。二重撮影やスーパーインポーズなどが出来るから簡単にタイトル撮影やクレジットを入れられるんだ」

塩「『Too far away』では力尽きてやってなかったくせに(笑)」

戸「いやいやそれだけじゃないよ。レンズ交換ができる8mmカメラはSingle8のZC1000しかないからね」

塩「最高峰のカメラを使うとなると自ずとSingle8になってしまうわけか」

戸「難しいよね」

塩「でも、画質がちょっとくらいザラザラでも映画自体が面白ければ良いわけだろ?」

戸「あ。核心ついちゃった」

塩「いや、俺は、戸辺が中身に自信がないから画のザラザラとかツマラナイところが気になっちゃうんだ、とか言ってないから」

戸「今言ったよね?」

塩「あー、言ったね」

戸「でもその通りなんで怒れない自分がいる」

塩「怒るくらいのプライドを持て(笑)」

デジタルの恩恵を舐め尽くせ

戸「ところどころ超アンダーになってるカットが何カットかあったんだけど、今回のデジタル化で無理やり持ち上げて救出を試みました」

塩「あぁ、それって、ノイズだらけで色のない、もしくは変な色味のカットだね」

戸「情報がほとんどないので、どうしても色が出なかったり細部が潰れてたりして救い出しきれていないんだけど」

塩「そもそもなぜ超アンダーになったんだ?」

戸「いろいろと要因はあるんだけど、1番は単純に辺りが暗いのに照明が焚けなかった撮影環境かな。たとえば、夕方、麻利子さんがアパートに帰ってくるところとか、麻利子さんと三次が渋谷の街を歩いてるカットとか、スクランブルで亮が麻利子さんに別れを告げるアップなんかがそれだね」

塩「なるほど。日没後や夜間の遠景での撮影ってことだね」

戸「そういうこと。明るいうちに撮影が間に合わなかったり、照明が使えない場所だったり」

塩「ポジフィルムはラチチュードが狭いからなぁ」

戸「次に、RT200で撮るべきところをR25で撮ってしまったと言うフィルムのチョイスミス。これは麻利子さんが列車の通路を歩いでデッキに出るところがそう。朝焼けの赤を撮るにはデイライトのフィルムと思い込んでしまった結果、列車内が真っ暗で悲惨な画に」

塩「実際はタングステンフィルムで昼間撮影しても、意外と正しい色が出てたりするよね」

戸「今ならわかるけどね。その頃は、太陽光なら絶対デイライトフィルムだって思い込んでたから」

塩「まさか後年、色味の調整が可能になるなんて思いもしなかったろうからな」

戸「3つ目の理由は、ただ単に露出を間違えたと言う凡ミス。列車が大垣駅に着く直前、降りる支度をしている列車内がそうかな」

塩「カットが長い分、色味の不自然さが気になっちゃうのがついてなかったね」

戸「ここで僕からアドバイス。今から8mmフィルムで映画を撮る人は、暗かったら迷わずRT200もしくは高感度のタングステンフィルムを使うこと。色味は後からいくらでも調整できるけど、映ってなかったら修正も出来ないからね」

塩「そりゃそうだ」

戸「あと、蛍光灯下では迷わずRT200もしくは高感度のタングステンフィルムを使おう。デイライトフィルムだと緑被りが酷すぎてグレーディングが困難を極めるよ」

塩「素朴な疑問。今から8mmフィルムで映画って撮れるの?」

戸「まだ方法は残されてるよ。情熱のある人は自分で調べて頑張って撮ろう!」